マリアはぼんやりと空っぽになった室内を見て不思議な気がしていた
マイケルがここに住み始めてから、この部屋はいろんな出来事を見てきた
新しい場所で生活を始めることに不満があるわけではなかった
この部屋よりもずっと新しく広い場所だ
ロズウェルを離れることも寂しさよりも知らない世界への期待の方が大きかった
いつまでも古い記憶にしがみ付いているつもりもなかった
あたしたちの未来への一歩が始まる それでも・・・
Michael:いろんなことがあったな
マリアの気持ちを代弁するようにマイケルが声をかけた
Maria:あんたがここに住み始めたのはまだ高校2年の時だったもの
Michael:今の僕たちがあるのも、この部屋のおかげかな
だけど、さよならしなくちゃいけない時が来た
マイケルがマリアの肩を抱いた
その言葉が部屋に対する意味だけではないことはマリアにもわかっていた
Maria:うん、大丈夫ロズウェルよりもっといい所がたくさんあるわ
これから二人だけではなく他のみんなもロズウェルを離れていく日がくる
室内を、もう一度見渡すと二人は思い出のアパートを後にした
ここへ戻ることは二度とないはずだ
車がマリアの家へついた
庭でママが芝刈り機と格闘していた
機械相手だというのに腰に手を当て、睨むように宣言していた
Amy:いいこれが最後通告よ あんたと私は長いつきあいでしょ
芝刈り機の仕事は何? とっとと働きなさい
ママが芝刈り機を蹴るとモーターが回った
Michael:お見事
Maria:あんたはママを一人にするのを心配してくれたけれど
そんな心配しているのわかったら芝刈り機と同じ運命よ
Michael:うっ・・
マイケルは言葉に詰まって目を見開いた
マリアがその顔をみて満足げに頷き車のドアを開けママに声をかけた
Maria:ママ、挨拶にきてあげわよ
Amy:マリア! 忙しくて忘れていたわ 引っ越すの今日だったのね
わざわざ来なくたっていいって言ったのに
まるで大した事ではなさそうに話すエィミーも、やっとママの監視から離れられて
嬉しいわというマリアも、平気ではないことがマイケルにはわかっていた
もう二度と逢えなくなるわけじゃないだろう
お前は会いたい時に、いつでもママに会いに行けばいい
そう言ってもマリアは首を横にふった
ママが許さないわ、自分がこの町に戻ってきたことを思い出しちゃうのよ
だから、あたしも簡単に戻ってきたくないの
Amy:わざわざ寄ってくれたなら、いっしょに食事でもしましょう
Maria:ごちそうしてくれるの!
Amy:あなたが作るの、あなたの好きなイタリアンの食材を買ってあるわ
Maria:えーーー!?
Amy:だって、二人のときは、あたしはずっと作る人だったの
一回くらいマリアの作った食事を食べさせてくれたっていいんじゃないの
マイケル、そんなところで何やってるの 早く車から降りてらっしゃい
あら、もしかして遠慮しているつもり?
ドラマみたいな展開を期待して気をきかしているつもりなら、おあいにくさま
あたしは、あんな嘘っぽくて湿っぽいの大嫌いなのよ
マイケルは戸惑いながら車から降りた
Maria:わかったわよ、マイケル手伝って
Amy:ダメよ あなたのことだから、ぜーんぶマイケルに頼るんでしょ
Maria:失礼ね、いいわよ! いっとくけれど、あたし上手よ
Amy:どうかしら?
エィミーはとぼけるようにマイケルを見た
Amy:じゃ、お料理は自信満々のシェフに任せるわよ
マイケル、ちょっといい?
口を尖らせたマリアが家の中に入っていくのを見てからエィミーが言った
Amy:心配なんかしていないわよ
Michael:えっ?
Amy:私の人生、あの子と二人で生きてきたほうが長かったわ
寂しい思いも、くやしい思いもたくさんしてきた
誰かに頼りたいときもあったけれど、今はこれでよかったと思っているわ
あの子にはあなたがいる
寂しさを知っている人間は強いの そして誰よりも優しくなれるの
マイケルは、その言葉にうなずいた
Amy:うーん、惜しいわね 私があと10歳若かったらマリアなんかに負けなかったのに
エミィはマイケルの頬を軽く叩いた
Maria:ママー!!
キッチンの窓からマリアが叫んでいた
Amy:おお怖っ あんまり焼きもちやきだとマイケルに嫌われるわよ
睨むマリアを挑発するように言いながらエィミーはドアに向って歩き出した
後に続いたマイケルは芝刈り機をさりげなく片付けながらモーターの性能を上げておいた
Michael:長生きしろよ
翌朝、二人はエィミーの起きる前にロズウェルを離れた
二人がロズウェルを離れて1ヶ月が過ぎようとしていた
ノースウェスタン大学とニューメキシコ州立大は車で2時間の距離だった
リズとマックスは何度か二人の新居を訪ね平穏な日々が続いていた
リズたちの卒業式もまじかに迫ってきたころ、そのニュースは唐突にもたらされた
研究室に残っていたリズの携帯が鳴った
Maria:どうしよう、リズ! こんなことになるなんて・・
あたし、どうしたらいいの
受話器から泣きそうなマリアの声がした
Liz:誰、マリアなの? どうしたの、何が事件が起こったの?
まさかマイケルに何かあったの?
受話器の向こうでめまぐるしく首を振ったり、うなずいたりしているマリアの気配がする
でもリズの耳には何の音声も入ってこない
あのマリアが言葉を忘れてしまうほどのこと?
Liz:マリア、電話はしゃべるためにあるのよ
いくら私に少しだけ未来の映像が見える能力があっても電話じゃ無理よ
Maria:あっ!ごめんなさい
マリアをこれほど慌てさせているのは何なのだろう
とにかくこれ以上、マリアから聞き出すことは早めにあきらめたほうがよかった
Liz:マイケルは側にいるのね
マリアがコクリとうなずいた
Liz:それじゃ代わって、あなたは側にいて深呼吸よ
Michael:代わったよ
Liz:マイケル、いったい何が起きたというの?
昔からマリアは大げさすぎるけれど、こんなのは初めてだわ
悪いこと?それとも何かいいことなの?
Michael:いや・・・事件といえば事件なんだけれど
マイケルまで歯切れが悪い
二人に何が起きたというのだろう
Michael:予想していなかったことだけど悪いことじゃない
これから先のことを考えると問題点が山ほど出てくるかもしれないけれど
僕が最初に感じたのは言葉にできないくらい嬉しかった
でも・・マリアはどうなのかな
マリアはマイケルの言葉にニッコリした
Michael:答えはマリアから言いたいらしいよ
電話の声が再びマリアに代わった
Maria:リズ、驚かないでね
何ヶ月後なのかわからないけれど、あなたの親友はママになることになったわ
Liz:本当! なぜわかったの
Maria:さっき、せっかちなジュニアがマイケルに挨拶したそうよ
Liz:男の子なの! 凄いニュースじゃない
マリアおめでとう
Maria:自分でも、びっくりよ
まさかウェディング・ベビーを授かることになるとは思わなかったもの
Liz:ウェディング・ベビー?
Maria:そう、結婚式のあとのゴタゴタで、あたしたちハネムーンには行かなかったでしょ
だからこの子がやってきたのは、ネ
Liz:あぁ、あの時・・ね
少し前までしゃべることも忘れるくらい慌てていたのに、すっかり落ち着いたマリアは
いつもどおりに戻っていた
Liz:とにかく一度そっちへいくわ
Maria:びっくりさせて、ごめんね
あなたたち、もうすぐ卒業式だったわよね
大丈夫よ、終わってから来てね
Liz:でも・・あなたが心配だわ
Maria:それならママ・マリアがいるから安心して
Liz:ママ・マリア・・それあなたのことなの?
Maria:お隣のエミリオの奥さん、5人も子供がいるのよ!
とにかく最高に愉快な家族なの 今度きたときに、くわしく教えてあげるわ
でもリズ、あなたに頼ることは山ほどあるわ
この子が無事にあたしたちに逢える日まで助けてね
Liz:もちろんよ
私、大学の研究室に残ることにしたの
イザベルの方があなたたちより先だと思っていたわ
Maria:負けず嫌いがいるのよ
Liz:冒険好きで人類初が好きな人もね
Maria:はい、はい
マックスによろしくね
笑顔で電話を切ったリズの表情が硬くなった
再び顕微鏡を覗くと細胞分裂の速度がさらに増していた
早すぎるわ・・・
幸運なことに、地球上では人間の細胞因子の方が優位に立つことは
確実だとわかった
しかしその成長スピードは想像以上に早い
普通の病院で医師にかかることができるだろうか
成長過程で特殊な現象は起きないだろうか
母体への影響は・・考えることが多すぎる
リズは顕微鏡から目を離しこめかみに手をあてた
Max:リズ、まだ帰れないのかい?
Liz:マックス、もう終わるわ
それより凄いニュースなの あぁ信じられないわ
Max:ノーベル賞を取れそうな何か発見した?
マックスは喜びいっぱいに両手を広げ説明するリズを可笑しそうに見ていた
Liz:違うわ、驚かないでね
ゲリン家に新しいメンバーが加わることになったの
Max:マイケルたちのところに?
Liz:赤ちゃんよ、男の子ですって
Max:・・間違いないのかい? マイケルが父親になるのか
Liz:えぇ、あのマリアがママよ
マックス、今だけは単純に喜びたいの
これから先のことは明日から考えればいいわ
あなたの力がどうしても必要になるから
Max:そうだね
動き出した人生は止まらない
僕らの未来は僕らの手で見つけていく
マックスは腕の中のリズを抱きしめた
Maria:マイケル・・起きて
薄明かりの中、マリアの囁くような声が聞こえた
Michael:ん・・どうした
マイケルが眠そうに目をこすりながら時計を見るとまだ朝の4時を過ぎたばかりだった
Maria:どうやらジュニアがパパに会うのが待ちきれなくなったみたい・・
かすれるような声の意味がわかるとマイケルは飛び起き灯りをパワーでつけた
うっすらと額に汗が浮かんだマリアが苦しそうに目を閉じていた
Michael:病院までいけそうか
Maria:わからない・・先にママ・マリアを呼んで来て
エミリオの家に電話はない 直接行くしかなかった
慌しく着替えながらもマリアの様子から目をそらす事ができなかった
Michael:戻ってくるまで一人で大丈夫か
Maria:どこまで行くつもり? そんなに心配性だったの
大丈夫よ、もう少しおとなしくしているように、おチビさんをなだめておくわ
それにリズに連絡しなくちゃいけないし・・・
Michael:僕が戻ったらする
Maria:待ってマイケル
マリアが飛び出していきそうなマイケルの腕をつかんで引き止めた
Maria:話しちゃだめかな・・ママ・マリアに
Michael:話す? 話すってまさか僕たちのことか・・?
Maria:そう本当のことを・・
Michael:マリアそれはダメだ
エミリオやママ・マリアがどんなにいい人だとしても、僕たち、いや僕が
人間じゃないことがわかったら今までと同じように接してくれないよ
Maria:わかっているわ
でも、この状態じゃ病院には行けない
マリアはマイケルの手を取ると大きくなったお腹へ導いた
呼吸に合わせるように時々オレンジ色に光っていた
マイケルが触れるとジュニアの記憶と自分の記憶が重なった
保育器の繭・・
Maria:これが、いつまで続くのかわからないの
ママ・マリアに頼るしかないでしょ
隠しておけないわ・・
Michael:だけど・・
Maria:あたしから話す だからお願い・・
ん・・・いい子だからママを困らせないで・・
マリアが身体を丸めた
Michael:先にママ・マリアを呼んでくる
マイケルは隣家に向って駆け出した
いま思い返してみれば、僕達がエミリオの隣りに引越してきたことは最大の幸運なのかもしれない
陽気なメキシカンのエミリオ一家は奥さんと5人の子供に囲まれたにぎやかな家族だった
彼の二倍くらいありそうな働き者で度胸の据わった奥さんの名前が偶然にもマリアだったことが
僕たちを親しくさせるきっかけになった
ママ・マリアは、僕たちをまるで自分の子供のように扱った
時に叱られ・・時に誉められ・・僕もマリアも味わったことのなかった世界が
そこにはあった
特に、マリアの妊娠がわかってからは、わからないことだらけの僕達を親身になって気遣ってくれた
僕たちにとって医師やリズの助言よりも、すぐ側にいるママ・マリアの経験と知識の方が
どれほど心強かったかわからない
Ruede la bola! あとは運を天に任せよう!
マイケルはエミリオの家のドアを叩いた
=To be continued=
AuthorNote★

うぅ、ジョエルはまだ誕生していません
ちょっと欲張りすぎて、どんどん話が膨らみすぎてきています(汗)
でも、登場したエミリオさん家は愉快な家族です
きっとマリアとマイケルを救ってくれるはずですよ〜

VLVでマイケルとカイルがスペイン語の授業を受けていたでしょ
少しは憶えていてほしいわよねぇ

というわけで、ここまででごめんなさいでした